東京・新宿区内で実務文書の翻訳に携わるフリーランスの翻訳者が、日々の仕事で発見した英語の専門用語や新語、その日本語訳や意味、用例をメモしています。『財界』誌連載コラム 『英語で夢を見る楽しみ』 (略称:英夢見楽)とその単行本に関するご案内も随時投稿。2016年9月下旬に「~+(プラス)」と改題、装いも新たに新カテゴリー「新宿ネコクラシー」「筆者広報室」「広告只管傍観」を加えました。
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2016年10月01日 (土) | 編集 |
 先住の雌猫、クロちゃんは今年で17歳になる。野良猫出身なのでもちろん推定年齢だが、家内の話によると、約2ヵ月くらいの子猫のときに母猫がこの家に連れてきたのでほぼ間違いない。

 その母猫は完全な野良猫で人間に近寄ろうとさえしなかったが、毎年のようにどこかで生んだ子猫をこの近所の家に預けて回る賢い猫だった。まだこの家に住んでいなかった私もたまたまその姿を目撃したことがある。クロちゃんと同様にとても小柄なこの母猫は、三毛、白黒、白色の3匹の雌の子猫を軒下に連れてくると、この子らの面倒をみてやってくれと訴えるように私の顔をじっと見つめた後、子猫だけ置いて去った。その後は一、二度姿を見かけたきり、ぷっつりと現れなくなった。ひさしぶりにその姿を見たときには新たに生まれた子猫を3匹置いていった。そのためこの家では一時期、6匹もの子猫が軒下で暮らしていた。それ以上増えると面倒を見きれなくなるので、一斉に捉えて避妊・去勢手術を受けさせた。もっともその直前に身の危険を感じたのか、年少の子猫は何処へともなく姿を消し、結局は手術を受けた先住の雌猫3匹がこの家に残った。

 その賢い母親の遺伝だろうか、クロちゃんは身体は小さいが利発な猫だ。人に何かを要求するときにはニャーとは鳴かず、人の目を見てはトイレの掃除をしろだの、もっとおいしい食事を出せだの、寝床を高い所に移せだのと目力であれこれ指図してくる。毎晩1階の台所で家事をしている家内と2階の仕事部屋でパソコンに向かっている私を呼びに来ては寝室に集め、自分はお気に入りの座椅子に陣取って「集会」を開く。猫の本能的な行動だとは思うが、その知能には驚かされる。私たち夫婦と猫2匹の生活パターンはいわばクロちゃんが仕切っていて、私はこの猫による支配体制を「ネコクラシー」と呼んで本稿のタイトルに冠することにした。

 弟分のニーくんは以前飼っていたドラちゃんの没後、まるで彼の後釜ですと言わんばかりの絶妙なタイミングでこの家にやってきた。クロちゃんとは最初はお互いに無関心だったが、そのうち家族のように振る舞うようになった。両方とも同じ白黒柄なので、よく「兄妹ですか」と聞かれるが、いずれも父親のわからない野良猫の出だから、血縁関係があるかどうかまではわからない。じゃれ合いが激しくなるとクロちゃんが怒り出すこともあるが、ふだんは仲良く並んで毛づくろいをしたり、テレビで動物番組を見たりしている。ただ、食いしん坊のニーくんが少食のクロちゃんのごはんまで食べてしまうので、夕食時の2時間と就寝時間から翌朝まではクロちゃんを2階に、ニーくんを1階に入れてドアで仕切っている。

 人間でもそうだが、ときどき距離を置いたほうがお互いにストレスにならなくていいようだ。(つづく)
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2016年09月24日 (土) | 編集 |
 ここは東京・新宿区―といっても大都会の街中ではない。新宿の繁華街から離れたいわゆる閑静な住宅街だ。その一角にある家内の実家に私たちが夫婦で移り住んだ頃には、義父が生前餌付けしていた野良猫が数匹、軒下に住みついていた。それまで私たちが住んでいた品川の賃貸マンションから連れてきた雄猫―これもひょんなことから面倒を見るようになった野良猫だった―は「内猫」つまり室内飼いにして、先住の「外猫」とは窓越しにしか会わせないようにして飼うことにした。

 拙宅は夏目坂からそう遠くない隣町にある。この坂は、漱石の生家があったことからその名が付いた。この界隈にはかつて漱石が晩年を過ごした漱石山房があって、その跡地は漱石公園になっているが、現在はなんでも漱石の記念館を建てるとかで工事中だ。うちの外猫も、もしかしたら、『吾輩は猫である』を書いたあの文豪が飼っていた猫のどれかの子孫かもしれない―というのは私の勝手な想像だ。漱石が「吾輩は猫である」を執筆した当時は文京区(当時は本郷区)に住んでいたそうだが、漱石公園には遺族が建てた猫塚がある。

 閑話休題。品川からここ新宿に連れてきた老猫を、私たちはドラちゃん(写真上)と呼んでいた。引っ越し前のマンションでは外に出入りさせていたその大きなキジトラ柄の雄猫はとても人懐っこく、dorachan.jpgちょっとした街の人気者だった。誰かに捨てられたのかそれとも迷子になったのか、私が出会ったときはノミ取り用の首輪をつけていた。私たち夫婦としては元の、または新たな飼い主が見つかるまで一時預かっていたつもりだったこの猫が、いつしか飼い猫のように振る舞うようになって、終(つい)の住み処を獲得した。

 そのドラちゃんを天に帰してはや十年余りになる。ここに引っ越してきた当時は数匹いた外猫のほとんどは徐々に姿を消し、今年17歳になった小柄で白黒柄の雌猫、クロちゃん(写真下・左)だけが残った。この子はかつて外で暮らしていたときに両前足が硬直して動かなくなるという重症に陥ったが、近所の動物病院に40日近くも入院して生還した。退院直後は3歩も歩かぬうちに転んでいたが、それでも頑張って歩き回っているうちに、元通り普通に歩けるようになった。このほか、やはり軒下で熱を出して倒れていた同じく白黒柄の雄猫、ニーくん(写真下・右、12歳)と2匹で私たち夫婦と暮らしている。

 外に出入りすると余所の猫から病気をもらったり交通事故に遭ったりする危険があるので、いずれも動物病院を退院してからは室内飼いにした。生まれついての野良猫は、最初のうちは外に出たがるときもあるが、そのうち室内だけで暮らすことに慣れてくる。nee_kuro.jpg特にわが家の2匹はもともと病気がちだったこともあって、室内飼いに向いているようだ。階段の上り下りができる2階建ての一軒家は猫には適した環境らしい。昼間は階上のベランダや窓の内側で日なたぼっこができるし、夜間は1階と2階の間を仕切ってそれぞれ1匹ずつ休ませることができるので、それほどストレスがかかることもなく快適に暮らせるようだ。

 猫は愛玩動物以外にも役立つ。その最も重要な任務はネズミ対策だ。最近は都会でもネズミが増えているそうで、この近所でもたまに外を走っているのを見かける。この界隈では以前、増え過ぎた野良猫の去勢・避妊手術を含むいわゆる地域猫対策を実施して以来、外では猫の姿をほとんど見かけなくなった。古い一軒家に住む私もネズミの侵入を心配していたが、この家には猫の気配が絶えず漂っているせいか、これまで1匹も見かけたことがない。これだけでも猫さまさまだ。

 私は内心、彼らに福猫としての役割も期待している。クロちゃんは拙著『英語で夢を見る楽しみ』の表紙カバーに描かれているかわいい猫のイラストのモデルになった。一方ニーくんには、その本の発売当時に私が手作りしたPR動画に出演してもらった。いずれも福猫パワーの効果は定かではないが、私たち家族が貧乏しながらもつつがなく暮らせているのは彼らのおかげかもしれない。

 こんなことを書いているうちにクロちゃんが膝の上に無理やり乗ってきてキーボードが打ちにくくなってきた。この続きはまた日を改めて書くことにする。(つづく)



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改めて読んでみて、この本が書かれた明治時代当時の世相や文化人の雰囲気を窺い知ることができました。
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